2006/06/22

いよいよ来週から連載再開となりました。この場を借りて、ひとつ訂正させていただきます。
当初8回分掲載するつもりで先行して原稿を描いていたのですが、6回分で丁度単行本2巻に収まるため、とりあえず6回まで掲載し残りは単行本発売の際、連動して再開した方が内容の流れがわかりやすくて良いのではと言う編集部の意向もあり、そのような形を取らせていただく事にしました。
原稿はすでに6話分描き終わっているので今回に限り確実にモーニングに乗るのは間違いないのですが、そこからまたさらに原稿を描きだめてから掲載という事になりそうです。
次回再開に就きましては、単行本1~2巻同時発売を予定している10月からと思っておりますが、それまではまた我慢して頂く事とあいなります。
本当に待たせてしまってすみません。これからも読者の皆様には迷惑かけること間違いなしと思われますが、どうか末長くよろしくお願いします。(甚だ厚かましいお願いですが・・・)
今現在、手元にある資料というのがチェーザレ・ボルジア個人の記録について、4センチはあろうかという厚さのイタリアの原書なのですが、これが曲者で昨今の随筆と違い、かなりの年代物なため文章その物が散文のようなメモの形式を取っており、
チェーザレの誕生日に関しても、当時の家族間の手紙のやり取り、及び両親の住まいの記録、関係者の証言等が約4ページにもわたって綴られ5ページ目にようやく「故にチェーザレの生誕は1475年9月13日か14日で、リニャーノもしくはローマで生まれたと推測される」と結ばれているような次第で、「たのむ・・・1ページ目で結論言ってくれ・・・」と泣きが入る有様です。
全てがイタリア語、また文書の引用はラテン語だったりするので、解読してくださっているH先生、その門下生の学生さん達の苦労を考えるとさらに涙物なのですが、この書物が見つかっただけでも奇跡とも言えるので、それは本当に感謝しています。
ボルジア家についてはスキャンダル的な文献ばかりが取り上げられ(確かに刺激的でその方がドラマとしては面白いのですが)良いも悪いも15~16世紀のヨーロッパで突出した存在だった事は確かで、出る杭は打たれるではないですが、恰好の悪役として現在までその名を馳せてきた彼らです。私の作品では何通りもの解釈のある彼ら一族を、できるだけ公平な立場から推測していこうというコンセプトで取り組む事に致しましたので、正直娯楽作品としてレベルの高い物になるかどうかは疑問ですが、それなりに自分が納得いくような切り口で描いていこうと思っております。興味のある方はどうか我慢しておつきあいください。
それから長い休載中にいろいろと励ましのメールをいただき本当にありがとうございました。イタリア史実に詳しい方、またその関係者、予備知識はないものの興味を抱いていてくれる方など、いろいろなコメントを頂き大変楽しく拝読させていただきました。心からお礼申し上げます。出来るだけその思いに応えられるよう頑張っていきたいと思っております。
余談ですが、最近衛星から見る地球という物にハマっていて、主にヨーロッパ大陸を眺めているのですが、ピサ~フィレンツェ間の距離を確認中、今だと車で2時間の距離なのですが、昔は早馬で宿場ごとに乗り捨てで約4時間程かかったそうで、4時間馬でかっ飛ばしというのが、もうすごすぎで・・・。どういう足腰やねん・・・って。この末裔達が今巷を賑わせているワールドカップの面々なのだと思うと、大陸の騎馬民族の凄まじさに、それはもう敵うはずもないかと痛感する今日この頃なのでした。

※上記で以前、早馬なら8時間と書いてしまいましたが、通常走行で8時間、早馬だと4時間足らずが正解だそうです。(ピサ~フィレンツェ間)一応訂正させていただきます。というか詳しくわかる方いましたら情報ください(笑)