コロナ禍によって、私たちの生活様式そのものが変わりつつあります。
友人と食事しながら語り合ったり、スポーツに興じたり、ごく普通の当たり前であった日常が失われ、
今現在は様々な分野で、皆が苦渋の選択をしなければならない状況に追い込まれています。
ミュージカル「チェーザレ」も、その例外ではありませんでした。
「チェーザレ」舞台化は、二年以上前に明治座からお話を頂いていたもので、自分で言うのも何なのですが
このような華のない辛気臭い物語はミュージカルには向いていないのではと、当初は若干気が引けておりました。
しかし明治座の熱意と言いますか力強いお言葉に、拙作ではありますが御提供できれば幸いと思い、
このお話を有難くお受けする事となりました。
脚本、演出等は全てお任せしていたのですが、明治座の三田さんを筆頭に脚本家の荻田さん、演出の小山さん、
他関係者の方々がわざわざ我が家にまで足を運んでくださり、
その際に原作にかなり忠実な舞台化を望んでおられる事を改めて知りました。
「チェーザレ」自体が会話中心の作品で、しかも屁理屈の応酬ですから、それなりの改変は覚悟していたのですが
明治座の意向として忠実に再現したいという旨を伺い、
また皆様の原作に対して真摯に向き合っている姿勢が強く伝わってきて、
その段階で、すでに「チェーザレ」は明治座の作品として独り歩きを始めていたのだな、と確信した次第です。
その後も登場人物達の造詣について、非常に注意深く繊細なやりとりが制作側と私との間で行われました。
当時のイタリアでの宗教観や階級による言葉遣い、衣裳の色合いやその色における意味、装束の名称等々、
これらについて私にできる限りの範囲で助言させて頂きました。
また主演の中川晃教さんにおきましても、メディアで拝見させて頂いた折に
快活な雰囲気をお持ちの方だと感じていたので
当初はアンジェロ役の方が適しているのではないかと、不躾ながら勝手に思っていたのですが、
スチール撮影のチェーザレに扮した姿を見て、その完成度の高さに驚かされました。
原作よりも舞台が先だったのではないかと錯覚してしまう程の創りこみに、失礼な言い方になってしまいますが
やはりプロなのだな、と大変感心させられました。
さらに他出演者の方々も制作発表の動画を拝見し、その飄々とした会見に裏付けされた演者としての風格や力量、
まさにヴィルトゥ(virtù美徳)と評するに相応しい方々ばかりで、またオーケストラピットを設ける事も発表され
本当にこの作品は各方面からたくさんの恩恵を受けていたのだなと改めて思いました。
演劇等それを支える裏方含め、文芸に属する者は表現することを生業にしているのであり、
これは私達漫画家も同様で、生活に直結しているものではありません。
それでもエンターテイメントは、人々の生活を活性化させるひとつの要因であるのは確かな事と思います。
ミュージカルでは脚本家の荻田さんの脚色で、ダンテの登場とその概念が反映されています。
ダンテ・アリギエーリはルネサンス(伊・リナッシメント)の祖ともいえる人物で、
その後の文学者に多大な影響を与えました。
その第一人者というべき人物にジョヴァンニ・ボッカッチョという詩人がいますが、
彼こそがダンテの戯曲を「神曲」と名付けた張本人なのです。
「神曲」は当初、戯曲(commedia)と題されていたのですが、
ボッカッチョによって「神曲」という題に変えられました。
ダンテより50年程後に同じくフィレンツェで生まれた彼は、ダンテを崇拝しており、
その事から神聖なる戯曲「神曲」としたのです。
また、後に自分の作品を「神曲」になぞらえて「人曲」と名付け世に送り出していますが、
「人曲」という題に聞き覚えのない方も「十日物語」
もしくは「デカメロン」と聞けば思い当たるのではないかと思います。
14世紀に大流行したペストから身を守るため、フィレンツェ郊外の屋敷に立てこもった男女10人が
十日間を乗り切る手段として一人が十の物語、十人で全百話を語り明かして堪え忍ぶという内容です。
元は「千夜一夜物語」からの影響によるものですが、どちらも命を繋ぐための処世術として娯楽を上手く活用する話で
まさか21世紀の今、ボッカッチョの「人曲」を再認識する日が来るとは思いませんでした。
最後にダンテ役の藤岡正明さんが、貴族を演じられなくて残念だと仰っておられましたが、
実はダンテは小貴族の出の可能性があり、名門とはいえなくとも富裕層の出であったのは確かだと考えられます。
ラテン語や学問を習得するには、それなりの財力、もしくは身分が必須であったと思われるからです。
因みにダンテが纏う衣の赤は知性を象徴するものです。
その知性の人ダンテが、どのようにチェーザレに影響を与えたか、
その辺りの表現が個人的には大変興味深いものとなっておりました。
このミュージカル「チェーザレ」を楽しみにされていた皆様同様、いつの日か幕が上がるその時を
心よりお待ちしております。