12年目の3.11


震災から12年、当時の記憶は未だに生々しく、先日のトルコ、シリアでの地震を見て災害は時間も場所も選ばないのだなと改めて思い知らされました。そして対策次第では多くの命が助かった可能性があることも指摘され、このような災害が起こるたびに人災という現実を突きつけられます。

私の実兄は建築士で、彼に日本でも違法建築が問題視された時に安全な家は造れないものかと安易に質問してしまった事があるのですが、建築士は出来るだけ安心して暮らせる家を造っているのであって、安全な家となるとそれはもうシェルターを意味すると言われた記憶があります。確かに阪神淡路は火、東日本は水が甚大な被害をもたらしました。
地球にとっては一瞬のことでも私達人間にとって代償は非常に大きく、防災と言っても最終的にはマンパワー、人間同士の助け合いに頼るしかないのかもしれません。世界では内戦や軍事侵攻が今も行われていて日本でも防衛費の増額が決まり、このような御時勢では仕方ないことなのかもしれませんが、世界中が防衛ではなく防災について最優先に考えられるようになればと願ってやみません。


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